ギルグリム (輪廻転生)

mminazuki2005-09-30

人が死んで肉体を失った後でも、その魂の存在が消滅してしまうわけではないようだ。洋の東西を問わず「生まれ変わり」の事例は多く語り継がれている。「転生思想」は、古代インド哲学に遡り東洋の宗教を支える重要な要素の一つであった。だが「転生思想」は、原始キリスト教 古代ギリシアの哲学者プラトンも その存在を信じていた。生まれ変わりは、人類共通の思想なのではないだろうか?


1933年ダライ・ラマ13世は、静かに息を引き取った。直後、高官 高層達の手により 転生者探しが始まった。高官たちは、祈祷と瞑想により多くの子供の中から その手がかりを幻視する。それから4年の後、高官の一人が 転生を特定する印を得て チベット東北部のタクセルと言う村にやってきた。そこには、二歳のなる男の子が居た。ダライ・ラマの生まれ変わりの多種のテストが行われ、その一年後 彼が3歳になるとき チベットの活仏ダライ・ラマ14世として尊崇されることとなった。


生まれかわりの手がかりとなるものは 前世の記憶にある。1966年、アメリカ バージニア大学のイアン・スティーブンソン教授は、『前世を記憶する子供たち』を著し 生まれ変わりの実態を報告した。事例:アラスカの漁師ウイリアム・ジョージは、その息子と転生の有無を議論していた。ウィリアムの息子が転生に懐疑的であったため、彼は,こう言う。「私は お前の息子として生まれてこよう。証拠は左の肩と腕のこの痣だ。」そして ウィリアムは 息子に自分の金時計を手渡し こう付け加えた。「生まれ変わったら この金時計を お前から取り返す。」それから暫くして ウィリアムは 海難事故で死んだ。息子は 父ウィリアムとの約束をすっかり忘れたまま結婚し ある時男の子が産まれると父親ウィリアムと同じ場所に痣があるのを発見した。更には その子が3歳になった頃、机の引き出しから偶然見つけた金時計を一目みて「これ 僕のだ」と呟いたという。


アメリカのオハイオ州のある夫婦には 子供がなかった。妻メアリーは、極普通の女性のするように毎晩、赤ちゃんが授かりますようにと神にお祈りを捧げていた。ある日メアリーは夢の中で白装束の老人と出会う。彼は、一年後に男の子を授かると告げ消えた。その予知夢のとおりメアリーは 一年後男の子を産んだ。しかし奇妙な事にその子供は、聴いた事もない言語で話始めた。町の牧師に訊ねたら ヘブライ語ではないかと指摘される。夫婦は、大学の言語学の教授の下へ訪れ分析してもらうと 間違いなく古代ヘブライ語の祈りの言葉であると判明した。この事例も 生まれ変わりの確たる証拠であると言う。


前世透視の質と量において郡を抜くエドガー・ケーシーは、ある時 夜尿症がどうしても治らない10歳になる少年の治療を試みていた。ケーシーは その少年をカウチに寝かせ催眠状態にすると直ちに透視を行った。少年の記憶は胎児の頃を通り越し中世へと遡っていく。十歳の少年は、自分が 福音伝道師であると告白する。更に今 自分は、魔女裁判に置ける拷問の一種「椅子浸しの刑」を行おうとしている真っ最中だと言うのである。魔女の拷問は 彼女が死ぬか自白しない限り続けなければならない。私は 容赦なき人に厳しく心の狭い人間である。少年の口から こんなセリフが飛び出した。そこでケイシーは、考えた末 少年の母親へ こう告げた。少年が毎晩寝入る頃、「あなたは立派な人です、多くの人を幸福にするでしょう。」と枕元で囁いてくださいと。するとその晩から 少年の夜尿症はぴたりと納まった。過去に犯した罪の報いを 現世で本人が改まる事により カルマの法則から脱却した事例で 自分が蒔いた種は、其れが良しにつけ悪しきにつけ、いつかは自分が自分で刈り取る運命にあるというのだ。


生まれ変わる前の魂は、自らの教訓を学ばせる為訪れ、人格が完成に近づくと使命を果たし去っていく。イアン・スティーブンソン教授は、語る。子供が前世の記憶を話し始めるのは、2歳から5歳までである。大方の子供が 5歳を過ぎると今の環境に順応するため 前世の記憶は、新しい経験をつみ重ねることにより 上層の記憶に覆い隠されてしまい8歳を過ぎた頃 完全に忘れ去られてしまうそうだ。しかし 僅かながら残された記憶の断片は、既視感(デジャ・ヴュ)として時折蘇る。デジャ・ヴュとは、我々が幼いときに脳の底に埋没させてしまった前世の記憶に他ならないのである。