枝からなる箒と杖

ヘルメスの杖には 人々を眠らせたり目覚めさせたりする力が備わっていた。ヘルメスが瀕死の人間を一方の世界からもう一方の世界へと移行させる時 人は、終焉を迎えハデスの元へと帰るのである。またこの杖には病を癒す力さえ備わっていた。アポロンと古代占者女神コロニス、その子、アスクレピオスは 古代の医術を独占した。アスクレピオスは、右手に杖を持ち蛇を伴う姿で表される。アスクレピオスの子孫は彼に仕える祭司であり病気を治し 時に死者を蘇生させたのである。生を与えたりその姿を変えたりするこの棒をギリシア神話デメテルの巫女も手にしていた。巫女は 杖で地面を打ち地下の神々を呼び出す。芽生え、成長 再生を司る神は 大地を打つ巫女の合図によって土地をいっそう肥沃にした。



タロットカードのⅠ魔術師には、ヘルメスの姿が明らかに認められる。古代ギリシア人が描くヘルメス像は、ほっそりとした青年で傾けた頭と意地の悪そうな しかし知的な面差しで表される。カードにおける魔術師も同様に描かれ 彼の右手が指すものは 金貨であり左手には杖が握られている。カードは、魔術師の秘儀で覆い隠され 入信者以外は そこに「火」しか認めることはできない。しかしこの火は ヘルメスが最初に生み出し 物を作り変える事の出来る「火」である事を忘れてはならない。


ケルト人の間で魔術と関連付けられたハシバミは、地中の熟成した鉱床の放射線や波の反響から水脈をとらえた。先が枝分かれしたハシバミの棒は、ちょうど方位磁石のように占い師の手の中でくるりと回転し鉱脈、埋もれた宝 時には逃走した盗賊までも見つけ出した。


聖書の逸話で有名なモーセの持つ杖は、ナイル川を赤く染めた。杖は、民が渡る道を開かせ、ホレブの岩から飲み水を沸き立たせた。奇跡を行えと命令するファラオの前で、アロンの魔法の杖は、みごと蛇に変身した。それをみたファラオお抱えの呪術師は、ここぞとばかりに秘儀を用いて杖をアロン同様に蛇に変え放った。しかしアロンの杖は、次々にファラオの蛇を呑み込んだ。


アジアでは、ヒンドゥー教や仏教の寺院を箒で掃くことが礼拝の行為となる。箒は、外の世界からの汚れを清浄な手によって払いのける役目を担った。箒は細い小枝を束ねたものであるが どんな小枝でも良いとは限らなかった。シャーマンの樹であるカバの木、南ヨーロッパにおいては、箒エニシダで作られていた。カリビアベルベル人は、現代でも箒で掃く事を魔術と関連付け、箒を窓か屋根から家の中に入れるしきたりがある。またブルターニュでは、同様のしきたりに加え魂が飛びかう夜になると箒で掃くことを禁じた。


ゲーテの「魔法使いの弟子」の中では、未熟者の魔法使いがうかつに唱えた呪文で箒を従順な生き物に変身させる話がある。しかし未熟者は、その魔法の解き方を忘れたのである。ドルイドの巫女であり呪術師の魔女は、箒で空を飛行する時またがった箒からしばしば男根的性格を想起させた。騎乗者である魔女たちは、森の空き地で牧神パンを崇拝しディオニュソス的錯乱に身をゆだねた。この魔女たちの行為が箒を負のイメージに変質された。


棒にせよ、箒にせよ またモーセの杖にせよ、魔法の杖でも つまるところ全て樹木の枝に過ぎない。しかしそれが聖なる樹、宇宙樹 生命のに由来する事実のみから、枝は その機能を受け継いでいるのである。